わが国の場合、医療崩壊が起こりやすい原因は、集中治療専門医が極度に少ないことだけではありません。救急医療専門医も甚だしく少ないのです。AAMC(アメリカ医科大学協会)の発表によると、米国は 2021 年時点で救急医療専門医が 45,202 名、日本はわずか 3,590 名です(表3-2)。米国の救急医療専門医の実働数をわが国の人口に換算すると、16,437 名になります。わが国は 12,847 名も少ないことになります。新型ウィルス感染症のパンデミックが起こると、いともたやすく医療崩壊が起こり、脳血管障害、急性心筋梗塞やその他の救急患者を受け入れられなくなるのも、これらの要因が重なっているからです。
また、感染症専門医も非常に不足しています。同じく 2019 年の発表によりますと、米国は9,687 名、日本は 2022 年 1 月時点で 1,700 名です。米国の専門医数を日本の人口に換算すると、3,523 名となり、やはりわが国では米国の半数もいないことになります。しかも、わが国の場合はかなりの数の専門医が個人開業医になっているので、大病院で重症のコロナウイルス感染症に関与できる感染症専門医はとても少ないことになります。その結果、多数のコロナウイルス肺炎患者に対して一人で 24 時間、365 日対処することになり、疲れ果てて退職せざるを得なくなった事例がテレビ放送で取り上げられていました。わが国では、消化器専門医や循環器専門医はとても多いのに比べて、その他の臓器別専門医、例えば感染症専門医などはとても少なく、専門医の偏在が大きな問題なのです。
英国では、ICU 病床は OECD のデータによると人口 10 万人当たり 6.6 と少ないものの、全国に全科的診療のできる GP (General Practitioner、最近は、Family Doctor、家庭医)がいて、住民は登録したかかりつけの GP のところで PCR 検査を受けることができ、陽性ならば自宅隔離をされるものの 10 日間の管理を受けることができます。そして入院が必要と判断された場合は病院を紹介してもらえる仕組みを構築していますので、夥しい数の感染者がいるにもかかわらず、あまり混乱を起こすことなくコロナウイルス感染症のパンデミックに対処できています。わが国では、保健所に軽症患者の管理をさせようとしたために大混乱が起こり、ついには病院医師や一部の診療所医師が行うことになりました。わが国でも十分な数の家庭医療専門医がいれば、混乱なく対処できたものと考えられます。英国は、住民約 2,000人当たりに 1 人の GP がかかりつけ医としていますのでスムーズに対処できるのです。しかも、GPは Surgery(診療所)で多くの場合 5 人以上で診療していますので、待合ホールも広くてワクチン接種などにも十分なスペースを確保できます。