新型コロナウイルス感染症の時代、超少子高齢・人口減少社会に
適した医療提供体制は如何にあるべきか

新型コロナウィルス感染症のパンデミックには、ジェネラリストの役割が不可欠

2020 年 1 月から始まった新型コロナウイルス(COVID-19) 感染症がパンデミックとなり、当研究所が事業展開している菊川市家庭医療センターでも、いち早く感染症外来を開始して新型コロナウイルス感染症の人たちを早期に発見して、受け入れ病院へ紹介することに尽力しました。また、新型コロナウイルス・ワクチン接種に初期から積極的に関わっています。しかしながら、全国的には第 5 波 の感染拡大によって医療崩壊を起こしてしまいました。その後の第 6 波でも容易に医療崩壊を起こしました。医療崩壊の要因としては、病床数は世界でも群を抜いて多いのに、集中治療病床が非常に少なく(米国の 8 分の 1)、特に、ECMO(体外式膜型人工肺)の台数がとても少ないことが指摘されています。しかし、真の原因は集中治療専門医や救急医療専門医が極度に少ないことなのです。

1) 急性期病院での医療体制の改善策

わが国の集中治療病床は図 2-6(前掲)に示すように、人口 10 万人あたり米国は 34.7 床なのに比べて、日本は 4.3 床と極端に少ない病床数しかありません。この原因は、わが国の集中治療専門医が非常に少なくて、2021 年時点で 2124 名しかいないことに関係しています。しかも、その大部分は麻酔科専門医、救急医療専門医や呼吸器内科専門医などの医師が集中治療専門医の資格をも取得した上での人数です。米国の集中治療専門医は 33,089 名(専門医 13,093 名、専門医相当の常勤医19,996 名)と非常に多くの専門医が診療に当たっています。また、米国の病院医療専門医(ホスピタリスト)は、内科全般の診療能力が高いのみでなく、集中治療もできますので専門医相当の常勤数が多数いると記されています(表3-2)。その結果、米国の大病院の集中治療病床は非常に多くなっています。このことが米国における新型コロナウイルス感染症のパンデミックに対しても、初期には混乱を起こしたものの、その後は医療崩壊を起こさず今日に至っている大きな要因の一つだと思われます。

写真 3-1  米国の家庭医療センターの待合ロビー

新型コロナウィルス感染症の第 7 波に対処する、あるいは、今後新たに起こりうる新興ウイルス感染症に備えるためには、早急に集中治療専門医や救急医療専門医を多数育成する仕組みを作ることが焦眉の急を要する問題だと言えましょう。集中治療専門医が多数いると必然的に集中治療病床を大幅に増やすことができ、ECMO を使うことのできる専門医が増加するので、新型コロナウィルス感染症に対する備えが万全になると考えられます。また、米国のように病院医療専門医(ホスピタリスト)を多数育成すれば集中治療もできますので、より多くの集中治療病床を確保することができるでしょう。

2) プライマリ・ケアでの医療体制の改善策

一方で、新型コロナウイルス感染症では、初期医療を 担うプライマリ・ケア医が積極的に医療に関わる必要があります。しかし、わが国の現状はほとんどのプライマリ・ケア医が臓器別専門医の個人開業であり、感染症のことにあまり詳しくない医師も多く、また、診察室の数が少なく、待合スペースも狭いので医療者への感染が怖くて積極的には関わりにくい状況にあります。欧米先進諸国では、ほとんどの場合感染症にも詳しい家庭医療専門医が 5 人以上で家庭医療センターでの診療をしていますので、診察室も多く、待合ロビーも充分広いスペースを確保しています(写真 3-1)。したがって、新型コロナウィルス感染症にも積極的に関わることができます。

わが国における直近の対策としては、個人開業医に対して感染症用の診察室と十分な待合スペースを確保できるように、財政的支援する必要があります。また、今後の対策としては、欧米先進諸国のように家庭医療専門医を多数育成して、5 人以上で家庭医療センターでの診察をする仕組みを作ることが肝要であると考えられます。

3) 米国や英国での新型コロナウイルス感染症への対処法

わが国の場合、医療崩壊が起こりやすい原因は、集中治療専門医が極度に少ないことだけではありません。救急医療専門医も甚だしく少ないのです。AAMC(アメリカ医科大学協会)の発表によると、米国は 2021 年時点で救急医療専門医が 45,202 名、日本はわずか 3,590 名です(表3-2)。米国の救急医療専門医の実働数をわが国の人口に換算すると、16,437 名になります。わが国は 12,847 名も少ないことになります。新型ウィルス感染症のパンデミックが起こると、いともたやすく医療崩壊が起こり、脳血管障害、急性心筋梗塞やその他の救急患者を受け入れられなくなるのも、これらの要因が重なっているからです。

また、感染症専門医も非常に不足しています。同じく 2019 年の発表によりますと、米国は9,687 名、日本は 2022 年 1 月時点で 1,700 名です。米国の専門医数を日本の人口に換算すると、3,523 名となり、やはりわが国では米国の半数もいないことになります。しかも、わが国の場合はかなりの数の専門医が個人開業医になっているので、大病院で重症のコロナウイルス感染症に関与できる感染症専門医はとても少ないことになります。その結果、多数のコロナウイルス肺炎患者に対して一人で 24 時間、365 日対処することになり、疲れ果てて退職せざるを得なくなった事例がテレビ放送で取り上げられていました。わが国では、消化器専門医や循環器専門医はとても多いのに比べて、その他の臓器別専門医、例えば感染症専門医などはとても少なく、専門医の偏在が大きな問題なのです。

英国では、ICU 病床は OECD のデータによると人口 10 万人当たり 6.6 と少ないものの、全国に全科的診療のできる GP (General Practitioner、最近は、Family Doctor、家庭医)がいて、住民は登録したかかりつけの GP のところで PCR 検査を受けることができ、陽性ならば自宅隔離をされるものの 10 日間の管理を受けることができます。そして入院が必要と判断された場合は病院を紹介してもらえる仕組みを構築していますので、夥しい数の感染者がいるにもかかわらず、あまり混乱を起こすことなくコロナウイルス感染症のパンデミックに対処できています。わが国では、保健所に軽症患者の管理をさせようとしたために大混乱が起こり、ついには病院医師や一部の診療所医師が行うことになりました。わが国でも十分な数の家庭医療専門医がいれば、混乱なく対処できたものと考えられます。英国は、住民約 2,000人当たりに 1 人の GP がかかりつけ医としていますのでスムーズに対処できるのです。しかも、GPは Surgery(診療所)で多くの場合 5 人以上で診療していますので、待合ホールも広くてワクチン接種などにも十分なスペースを確保できます。

4) ジェネラリストの育成が焦眉の急を要する問題

米国は、集中治療専門医、救急医療専門医、ホスピタリスト(病院医療専門医)と家庭医療専門医はジェネラリスト(表 3-1)と呼ばれ、1980 年頃からは臓器別専門医の育成一辺倒からジェネラリスト育成に舵を切りました。

表 3-1  ジェネラリストの種類

その結果、2021 年の調査では、全米938,966 名の医師のうち、集中治療専門医は 13,093 名 (実働人数)+19,996 名= 33,089 名、救急医療専門医は 45,202 名、総合内科専門医(ホスピタリストを含む)は 120,169 名、総合内科・小児科専門医は5,509 名、家庭医療専門医/GP 118,198 名とジェネラリストが 322,167 名であり、 医師全体の 34.3%を占めています。わが国のジェネラリストの人数について調べてみると、最新の 2018 年 12 月 31 日現在の厚生労働省の調査では、総医師数 311,963 名中、総合内科 60,403 名(病院 21,520 名、診療所 38,836 名)、救急科 3,590 名(病院 3,561 名、診療所 29 名)、麻酔科医兼集中治療医 9,123 名(麻酔科医 9,661 名中、病院勤務の医師 9123 名は集中治療に関わっている可能性が高い)であり、ジェネラリストは 23.4%存在しています(表 3-2)。

表 3-2 ジェネラリストの日米比較

しかし、米国には集中治療専門医とは別に麻酔科専門医 42,267 名もいます。つまり、わが国の麻酔科専門医は手術時の麻酔の仕事をした後、集中治療の仕事をすることになるので、あまり多くのコロナ感染症患者の集中治療を行うことは困難であり、重症患者が立て込めば手術の麻酔をかけることが困難になります。したがって、救急医療専門医や感染症専門医が集中治療を担当しなければならなくなります。このように、わが国ではジェネラリストが極度に少ないために負の連鎖が容易に起こり、医療崩壊を起こしやすくなっています。
今後も新型コロナ感染症は第 8 波の感染者数が増加し、さらに、第 9 波がやってくるかもしれません。その時に医療崩壊することなく適切に対処するためには、米国や英国のように医師養成教育の改革を断行して、集中治療専門医、救急医療専門医、総合診療専門医、ホスピタリスト(病院医療専門医)や家庭医療専門医などのジェネラリスト育成に大きくシフトすることが焦眉の急を要する問題であると言えます。