米国国立科学アカデミーによるプライマリ・ケアの定義
米国国立科学アカデミーによるプライマリ・ケアの定義は 1975 年に発表されました。米国では 20 世紀に入って臓器別専門医の育成が盛んになり、特に 1940 年代から急速に臓器別専門医の数が増加し、1970 年代には GP(General Practitioner)と臓器別専門医の比率は臓器別専門医が約 80%、GP が約 20%までになり、プライマリ・ケアを担う医師が不足して地域医療が機能不全に陥るほどになりました。その頃から米国政府はプライマリ・ケアを担う家庭医、総合内科医、一般小児科医の育成に力を入れ始め、国立科学アカデミーはプライマリ・ケアの定義を公表しました。
したがって、米国のプライマリ・ケアの定義は家庭医療のためだけの定義ではなく、総合内科や一般小児科にも当てはまる定義になっています。この定義を家庭医療向けに解釈して示すと、図 4-1 のようになります。米国の家庭医療は地域指向が希薄なので、地域への言及があまりありません。
家庭医療の定義
WONCA に加入している国々には、先進国もあれば開発途上国もあり、それぞれの国の社会・医療環境はまちまちです。WONCA 世界大会に参加してみると、それぞれの国の医療事情の違いがよくわかります。このために、WONCA による 家庭医療の定義は、一時期(2019 年頃)は米国のプライマリ・ケアの定義に近い形で示されていました。先進国および開発途上国のすべての国を包含するにはこの定義を用いるほうが都合が良いからでしょう。しかしその後、WONCA の会長が交替してから、この定義は使われていないようです。
現在 WONCA で最も注目されている定義は、ヨーロッパ支部が 2011年に公表した、“THE WONCA TREE”です(図 4-2)。この定義が完成するまでの経緯を紹介しますと、1995 年に Gay Bernard(仏ボルドー大学教授)は WONCA Europe の会長就任講演で GP/FMの定義の基本原理を提案しました(表 4-1)。この原理は WHO Europe のプライマリ・ケアの定義にも使われています。
この基本原理を基にして、WONCA Europe(世界家庭医療学会ヨーロッパ支部)は 2002 年に定義をまとめ、2011 年には改訂第 3 版を公表しています(図 4-2)。ここでは地域指向が明確に位置づけられ、全人的アプローチや全健康問題への対応、生涯にわたる継続医療など General Practice /Family Medicine(GP/FM)で重要と考えられるすべての要素が明確にされています。
◇ General Practice/Family Medicine の学問分野と専門性
「GP/FM(一般医療/家庭医療学)は、理論的で科学的な学問分野であり、独自の教育内容をもち、研究および臨床活動を行う。そして、専門診療志向のプライマリ・ケアを提供する。」と謳っています。
I. 学問分野の特徴
学問分野の特徴としては、以下の 12 項目があります(表 4-2)。
II. 専門性
GP/FM(一般医療/家庭医療学)の専門性は以下に示すとおりです(表 4-3)。
WONCA Europe の定義によると、中心となる 12 の特性に関連して 12 の能力が必要となります。その 12 項目は 6 つの群に分けることができます(図 4-2)。それらの詳細は以下の表 4-4 に示すとおりです。
IV. 家庭医療を実践する上で不可欠な要素
以上述べた能力を家庭医療の実践や教育に適用するときには、さらに 3 つの重要な要素を考慮しなければなりません。それらは、文脈として捉える要素、態度に関する要素、そして科学的な要素です(表 4-5)。それらは医師の要素にも関係しており、コアとなる能力を実践の場に適用するときの医師の力量を決定づけます。家庭医療では家庭医と共に働く人々との関係が非常に近いので、これらの要素はより大きな影響を与えます。しかし、このことは家庭医療に特有のことではなくすべての医師に言えることでもあります。
家庭医療を実践するには、“THE WONCA TREE”をイメージし、12 の特性を実践するために 12の能力が必要であることを理解し、さらにそれを実践する上で不可欠な文脈的要素、態度的要素、および科学的要素を 身に付けることが肝要です。
家庭医療学研究所が目指してきたのは、世界家庭医療学会ヨーロッパ支部の定義(THE WONNCA TREE)に示されている、“家庭医療を行うために必要なコアとなる知識と技能”、および、“家庭医療を実践する上で不可欠な要素”を踏まえて家庭医療を実践することです。そして、世界の国々の家庭医療を参考にして、わが国の社会的ニーズにマッチする具体的な家庭医療のあり方を研究することです。
参考にした国々は、筆者が短期留学ないしは視察した米国(ハーバート大学、ワシントン大学、ミシガン大学、ミシガン州立大学、カルフォルニア大学サンフランシスコ校、イリノイ大学シカゴ校、ミネソタ大学、ジョージア州マーサー大学の 8 大学 15 家庭医療センター)、英国(ダンディー大学、ニューキャッスル・アポンタイン大学)、オランダ(ラドバウド大学)、韓国(ソウル大学)などです。そして、筆者が体験した川崎医科大学総合診療部の関連施設である奈義ファミリークリニック、および、三重大学家庭医療学教室の関連施設である県立一志病院などです。
家庭医療学研究所がこれまでに構築してきた家庭医療と地域包括ケアシステム、および家庭医療専門医育成法は以下のとおりです。