家庭医療センターを拠点として家庭医療専門医を育成し、
地域包括ケアシステムを確立して健康長寿のまちづくりを目指す

家庭医療学研究所は、菊川市家庭医療センターを拠点として家庭医療専門医を育成し、地域包括ケアシステムを確立して健康長寿のまちづくりを研究し確立させてきました。その成果を示すとともに、この仕組みを全国に広めたいと考えています。

菊川市家庭医療センターの概要

写真5-1 菊川市家庭医療センター

1)センターの規模

菊川市家庭医療センターは、旧小笠町保健センターを改築して、2011年8月にオープンしました。写真5-1に示すように2階建てで延べ床面積約450坪(1,485m2)の広さを誇る欧米並みの家庭医療センターです。診察室は10診察室+感染症外来用診察室1室を擁しています。

2)臨床検査機能

生化学検査、末梢血検査、尿検査、生理機能検査(心電図、肺機能、24時間心電図、24時間血圧測定、睡眠時無呼吸検査)、単純X線検査、超音波検査を行うことができ、100床レベルの病院の外来検査機能を有しています。糖尿病や脂質異常症などの継続的診療を行うときに、即座に検査結果を出して食生活指導などをしやすくすることと、外来での診断能力を高めることを目標としているからです。

3)診療時間と外来の規模

診療時間は8:30am〜5:00pmで、毎日平均約100名の患者が来院されます。最大1日来院患者数は180名です。在宅医療・在宅ホスピスは24時間365日対応のサービスを提供しています(在宅看取り率は平均約85%)。

4)スタッフ

スタッフは年度によって異なりますが、指導医が4〜5名、専攻医4〜6名、看護師6名、看護助手1名、放射線技師1名、臨床検査技師1名、医療事務5名です。

5)教育機能

家庭医療専門医養成プログラムの専攻医教育、および近隣の病院からの初期研修医の地域医療教育を行っており、浜松医科大学の医学生(student doctor)の診療参加型臨床実習も常時行っています。

外来医療について

1)患者本位(patient-oriented)の医療を提供する

(1) 患者中心の医療(Patient-centered Clinical Method)を基本とした医療を実践する

図5-1 患者中心の医療の方法

これまでの医療は生物医学的モデルを用いており、患者さんの病歴や身体診察所見や検査データなど客観的なデータをもとにして診断治療してきました。しかし、家庭医療では患者さんを人間全体として把握します。つまり、身体面のみならず、心理面、社会面などすべての側面の情報を集めて、患者さんに最適な治療やケアを提供しています。その方法が患者中心の医療の方法です。

患者さんの病歴、身体診察所見や検査データのみに注目するのではなく、患者さんの病体験(不安などの感情面、病気の意味、期待感、身体機能や生活機能への影響)や健康観(患者にとっての健康の意味、健康への願望)に関する情報も収集し[図5-1の(1)]、さらに必要に応じて、家族構成、職業、余暇の過ごし方、教育歴、家計、地域資源などの「身近な背景」や、集団への所属の有無、文化的背景、社会経済状況、ヘルスケ アシステム、社会的歴史などの「遠位の背景」に関する情報も収集し全人的に把握します[図5-1の(2)]。次いで、それらの情報を基にして共通の理解基盤を見出し、問題の優先度、ゴール設定や、医療者と患者の役割分担を決め、相互が納得のいく意思決定を行います[図5-1(の3)]。こうして、医療・ケアを行うと患者、医師関係が強化されます[図5-1の(4)]。

家庭医療専門医は、この方法を基本的スタンスとして日々の医療・ケアを提供することに取り組んでいます。

2025年には、高齢者の割合が30.0%となり、認知症患者は5人に1人以上に増加し、在宅ホスピスの希望者が著増することが推計されています。その結果、家族の抱える課題の複雑化、単身世帯の増加など、個人の抱える課題の複雑化は避けられないので、医療を提供する上で「健康に影響を及ぼす社会的要因」を理解することは不可欠です。その意味でも、患者中心の医療のあり方はますます重要になって来ています。

この方法は、すでにその兆しが見えている現在、そしてさらに2040年ごろには顕在化する多元的社会に於いて、医療・介護に従事する医療者や介護者等には不可欠な方法です。

(2) 臨床推論を駆使して最小限の費用で最大の効果を発揮できる医療を提供する

1980年頃、米国では医療費は高騰するのにGDP(国内総生産)は低下する状況でした。そこで、医療費削減のためにAmerican College of Physicians(米国内科学会)が調査研究を行うことになり、政府から多額の研究助成金をもらって研究し、1986年には、論理的で効率的な診断方法を実行するのに必要な情報を提供するマニュアルを作成して上梓しました。その翻訳本が 1988 年にわが国で初版され、その後、2008年には日常診療で使いやすい「誰も教えてくれなかった“診断学”」が出版されました。

症状と病歴および身体所見によって鑑別すべき疾患を3〜5個に絞り込み、最小限の臨床検査を実施して最も可能性の高い疾患を決定していくやり方です。この方法は論理的・効率的であり、医療費削減に役立ちます。しかし、残念ながらこの臨床推論の方法はわが国では一部の指導医によって教えられているのみです。

菊川市家庭医療センターでは、専攻医の論理的思考能力を育み、かつ医療費を削減するために導入していますが、未だ道半ばの感があります。なぜなら、専攻医は卒前医学教育でも初期研修でも従来の鑑別すべき疾患をできるだけ多くあげて、それらの疾患の有無を調べるために多くの検査をするように教育されているからです。

(3) 患者の擁護者として行動する

家庭医療専門医は比較的軽症から中等症のありふれた疾患を診療し、その他のありふれた健康問題に対処し、稀な疾患や重い疾患は臓器別専門医に紹介するのを原則とします。この原則を踏まえながら自分自身の医療者としての力量を考慮して、自分が診るのが良いのか、それとも臓器別専門医に委ねるのが良いのかを判断します。その際、生物医学モデルが主で良いのか、全人的医療モデルが必要なのかを考慮することも重要となります。また、判断基準はその家庭医療専門医が診療する地域の特性によっても異なります。つまり、臓器別専門医の多い都市部で診療するのか、あるいはあまり交通の便が良くなくて、しかも臓器別専門医の少ない田舎で診療するのかによっても診療スタイルは異なるでしょう。

また、臓器別専門医に紹介した患者から特殊検査の必要性の有無や、治療法の選択等に関して相談された場合は、患者サイドに立って相談に応じることを旨とします。

いずれにしても、プロフェッショナリズムの利他主義の考え方に則って、患者にとって利益があるように日常診療を進めることが重要です。

2)家族ぐるみのかかりつけ医として全科的・包括的な医療を提供

図5-2 菊川市家庭医療センターに於ける年齢別初診患者数

(1) 年齢、性別を問わず家族ぐるみで診療することを目標としています

2015年度の菊川市家庭医療センターでの外来統計を図5-2に示します。この図からわかるように満遍なく各年齢層の患者さんを診療し、小児もたくさん診ています。その為、たくさんの患者さんが家族ぐるみで来院されます。

その結果、家庭内の人間関係などの情報が分かり、全人間的に把握しやすくなっています。多元的社会においては家族ぐるみで診る方が効率的な医療提供がしやすくなります。

(2) 全科的・包括的な診療を行う

成人および高齢者の疾患、小児疾患、 小外科疾患(擦過創、動物咬傷、切創など)、メンタルヘルス、皮膚疾患、筋骨格系疾患、泌尿器系疾患、婦人科系疾 患(更年期障害を含む)、などは、ありふれた疾患を中心に診療し、重篤な疾患や稀な疾患は当該の臓器別専門医に紹介します(表 5-1)。重篤な疾患でも入院治療等により病状が落ち着いたら、また家庭医療センターでフォローすることにしています。

認知症患者の診療を積極的に行い、その患者および家族が抱える社会的問題を解決するために社会的処方をも行います。このような噂を聞きつけて、複数のクリニックや病院に通院していた人たちが家庭医療センター1カ所に絞ってすべての健康問題を診て欲しいと言って来院されます。その結果、再診料と処方料が安くなり、重複検査や重複投薬の可能性が少なくなります。このように医療費を抑制することに貢献しています。

また、2020 年 1 月から新型コロナウイルス感染症がパンデミックを起こしたので、初期から発熱外来を開設して新型コロナウイス感染症を早期に発見して入院施設に紹介し、またコロナウイルスワクチン接種にも早期から積極的に協力してきました。菊川市家庭医療センターは 5 人以上の家庭医療指導医と専攻医により診療を行なっているので、11 診察室と待合ロビーが大凡 132m2あり、3 密を避けた発熱外来を行うことができます。

表5-1 菊川市家庭医療センターで診療している主な疾患及び健康問題

<成人、高齢者>

・生活習慣・・・

高血圧症, 低血圧症, 糖尿病(インスリン治療を含む), 脂質異常症, 肥満症, 高尿酸血症・痛風, 偽痛風

・メンタルヘルス・・・

抑うつ障害(大うつ病・小うつ病), 身体症状症, 不安症群(パニック障害, 全般性性不安障害, その他の不安障害), 適応障害, 軽度強迫性障害

・循環器系・・・

慢性心不全, 陳旧性心筋梗塞・ステント挿入後状態, 狭心症, 心房細動, 発作性上室性頻拍性,上室性・心室性期外収縮

・呼吸器系・・・

COPD, 肺炎・誤嚥性肺炎, 呼吸不全(在宅酸素療法), 睡眠時無呼吸症候群(CPAP療法), 気管支喘息

・消化器系・・・

急性胃腸炎, 逆流性食道炎, 消化性潰瘍, 慢性便秘症, 急性虫垂炎, 大腸ポリープ・大腸癌, 痔核, 非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD/NASH), 肝障害

・腎泌尿器系・・・

慢性腎臓病, 急性膀胱炎, 急性腎盂腎炎, 尿路結石症, 夜間頻尿, 過活動膀胱, 前立腺肥大症

・女性医療・・・

過多月経+鉄欠乏性貧血, 更年期障害, 月経異常

・皮膚疾患・・・

皮脂欠乏性湿疹, 接触性皮膚炎, 自家感作性皮膚炎, その他の湿疹(脂漏性湿疹, 貨幣状湿疹など ), 蕁麻疹白癬症(足,爪など), 蜂窩織炎, 帯状疱疹, 単純ヘルペス感染症, 蜂刺症・その他の虫刺症, 薬疹

・脳神経系・・・

脳血管障害, 認知症,パーキンソン病, パーキンソン症候群, 脳血管障害後遺症

・筋骨格系・・・

骨粗鬆症, 腰痛症, 腰部脊柱管狭窄症, 腰椎ヘルニア, 頸椎症, 変形性膝関節症, テニス肘, 足底腱鞘炎

・耳鼻咽喉系・・・

アレルギー性鼻炎, 副鼻腔炎, 急性扁桃炎, 口内アフタ, 耳垢塞栓, 外耳道炎, 中耳炎

・眼科系・・・

アレルギー性結膜炎, 細菌性結膜炎, 麦粒腫

・感染症・・・

急性上気道炎・インフルエンザ, その他のウィルス感染症

・小外科疾患等・・・

外傷(擦過創, 挫創, 裂創), 熱傷, 褥瘡, 動物咬傷(犬,猫), 尋常性疣贅, 胼胝, 鶏眼, 粉瘤

・在宅医療・・・

癌のターミナルケア, 臓器不全のターミナルケア, 脳卒中, 神経筋疾患, 脊損, 老衰, 認知症, 在宅酸素療法

・その他・・・

禁煙プログラム, アルコール多飲

<小児、思春期>

・小児疾患・・・

急性上気道炎・インフルエンザ, 急性咽頭炎, 急性中耳炎, 気管支喘息, 急性胃腸炎, 便秘症, 成長と発達

・皮膚疾患・・・

アトピー性皮膚炎,各種湿疹, 伝染性膿痂疹, 突発性発疹, 水痘, 手足口病, 伝染性軟属腫, 蕁麻疹, 尋常性ざ瘡

・その他・・・

起立性調節障害, 不登校

予防医療について

3)日々の診療の中でヘルスメンテナンス・カウンセリングを行う

アルコール、喫煙や運動習慣等について尋ね、また、定期健診、がん検診や予防接種を受けることなどを勧めます。

4)予防サービスを提供する

予防活動として、予防接種、各種健診(乳幼児健診、特定健診)、健康教育を行います。

特定健診では全身診察を行うので、腹部大動脈瘤、頸動脈狭窄症、甲状腺腫瘍、閉塞性動脈硬化症などを多数発見して適切な治療に繋げています。

2015年度の予防接種や各種健診の実施数を表5-2に示します。その後はさらに実施数が増加しています。

表5-2 菊川市家庭医療センターにおける健診・予防接種の実績

健診

乳幼児健診

1.5歳児健診
3歳児健診

102人
114人

特定健診

656人

予防接種

乳幼児

様々なワクチン

722人

成人・高齢者

肺炎球菌

176人

成人・高齢者

インフルエンザ

1109人

成人・高齢者

その他

38人

地域指向について

5)地域包括ケアシステムの中で中核となる役割を果たす

地域包括ケアシステムは、2020 年時点で各区市町村に於いてかなり充実してきています。とはいえ、超高齢化がさらに進行するので新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)と在宅医療 をさらに推進することが重要です。

(1) 新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)を推進する上で、家庭医療専門医は地域に於いて中核的役割を果たす

家庭医療専門医は表 5-3 に示す新オレンジプランの 7 つの柱を実現するために、認知症サポート医の資格を取得して認知症初期集中支援チームの一員となり、多職種と協働して認知症発見、診療(診断・治療)、療養計画立案をします。そして、介護者に対して患者との接し方について教育を行います。

その結果、患者の行動心理症状(易怒性、暴言、暴力、徘徊など)が減少ないし消失し、穏やかな家庭生活を送ることができる人たちが増えています。つまり、可能な限り住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができる人が増加しているのです。

1)認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進

2)認知症の容態に応じた適時・適切な医療・介護等の提供

3)若年性認知症施策の強化

4)認知症の人の介護者への支援

5)認知症の人を含む高齢者に優しい地域づくりの推進

6)認知症の予防法、診断法、治療法、リハビリテーションモデル、介護モデル等の研究開発及びその成果の普及の推進

7)認知症の人やその家族の視点の重視

表5-3 新オレンジプランの7つの柱

(2) “患者および家族の人生に寄り添う 24 時間 365 日の在宅医療・在宅ホスピス”を提供

家庭医療専門医は多職種と協働して穏やかな在宅看取りを推進します。そして、在宅医療・介護ネットワークの構築に尽力しています。

菊川市では家庭医療センターが中心となって在宅医療・介護ネットワークを構築しています(図 5-3)。患者および家族の人生に寄り添う24 時間 365 日の在宅医療・在宅ホスピスが軌道に乗った 2015 年のデーターを図 5-4 に 示します。

2015 年度 1 年間の訪問患者数は合計 102 名ですが、がん末期の患者が多く、主として月 2 回のペースで訪問しています。在宅看取りの患者数は 60 名なので週に 1-2 名の看取りを行ったことになります。在宅看取り率は 84.5%にも達しており、全国平均が 20〜30%である事と比べると非常に高い在宅看取り率であると言えます。この理由は、菊川市家庭医療センターが主として要介護 5 および 4 の患者に対して訪問診療を行っており、要介護 1〜3 の人たちにはなるべく外来通院を続けてもらうほうが介護予防、認知症予防になることを説明しているからだと思います。最近ではさらに訪問診療の患者数が増加しています。住み慣れた家で最期を迎えたいというがん末期の患者の希望を断ることなく全て受け入れて在宅ホスピスを提供していますので、多くの市民の皆さんから感謝されています。その結果、図 5-4 の下段に示すように 2015 年度 1 年間で約1 億 3500 万円の医療費(概算)を節減することができました。

図5-3 在在宅医療、介護ネットワークの構築
図5-4 在宅医療・在宅ホスピスの実績

(3) 循環型地域包括ケアシステム構築の必要性について

① 地域包括ケアシステムにおいて家庭医療専門医は社会的処方をも行う

家庭医療専門医の重要な役割の 1 つに、高齢者や障害者の健康維持をサポートすることがあります。この視点から外来診療を眺めてみると、かかりつけ医である家庭医療専門医は患者さん及び介護者の困り具合に応じて、デイサービスやデイケアあるいは訪問看護師の訪問などのサービスを受けるようにアドバイスしてあげることが必要な場合があります。特に認知症などの場合は、かかりつけ医である家庭医療専門医がアドバイスすることによって、患者さん本人がやっと納得する場合も多く見られます。つまり、薬剤などを処方する「医学的処方」のみではなく、「社会的処方」をすることも家庭医療専門医の重要な役割なのです。

② 循環型地域包括ケアシステムを構築することが重要

図5-5 循環型地域包括ケアシステム(医療と介護)

地域包括ケアシステムの5要素、すなわち、住まい、医療、介護、(介護)予防、生活支援のうち、特に医療、介護、(介護)予防は 家庭医療専門医と多職種が緊密に連携を取り、一人ひとりの住民に適時・適切なサービスが組み立てられると、

a) 病院での治療を受けた人がかかりつけ医のところに戻って介護や介護予防サービスを受ける時にも、

b) 外来で通院治療を受けている人が要介護状態にならないようにするためにも、

c) また、普通はほとんど外来通院の必要のない人がその後の健康な状態を保つためにも、大変効果的に作用します。その結果、健康寿命の延伸に大いに役立つと考えられます。そのためには、図 5-5 に示す循環型地域包括ケアシステムを多職種が緊密に連携をとり合って構築する必要があります。

家庭医療センターの外来に通院している患者さんを継続的に診ていると、適時適切にデイケアセンターを利用できていない、あるいは、デイサービスセンターで介護予防が十分になされていないために徐々にフレイルになったり、要介護度が進行したりするケースをよく見かけます。

このような人たちがフレイル→要介護→寝たきりになる悪循環を断ち切るには、なるべく早い段階から、できれば元気なうちから介護予防・日常生活支援総合事業でウォーキングなどができることが必要であり、要支援や要介護になれば、デイケアセンターやリハビリ特化型デイサービスセンターで積極的なリハビリテーションが行われる体制作りが重要となります。

これらのことを逸早く発見できるのはかかりつけ医である家庭医療専門医です。家庭医療専門医が社会的処方を患者さんに伝えて多職種と緊密な連携をとれば、調整型統合ケア(coordinationtype integrated care)を提供することができ、より多くの高齢者が要介護状態にならずに健康寿命を延伸させることが可能になるでしょう。

菊川市家庭医療センターでは、このことを念頭において日々の診療に従事しています。

チーム医療について

6)原則として5人以上の家庭医が多職種と協働して効果的・効率的なチーム医療を行う

わが国の現在のプライマリ・ケア提供体制では、超少子高齢化・人口減少社会のニーズに合ったプライマリ・ケアを提供することは非常に困難であると言わざるをえません。

それは次に述べる2つの理由からです。

① 最も大きな理由は、多疾患罹患・多剤併用の高齢者の医療に対応するには、全科的・包括的医療のできる地域のジェネラリストである家庭医療専門医が最適だからです。多疾患罹患・多剤併用の高齢者が少なかった20年前頃は臓器別専門医が開業してプライマリ・ケアを担当することができたのですが、今や医学の進歩はめざましく、それぞれの領域のレベルは相当高くなっており、独学で全科的診療ができるまでに到達するのはほぼ不可能と言っても過言ではありません。

したがって、欧米先進諸国はほとんどの国が家庭医療専門医を多数育成して、21世紀のプライマリ・ケアを担当させているのです。そのほうが住民の人たちは安心・安全であり、便利であり、適切な医療やケアを提供してもらえるからです。

② わが国では個人でプライマリ・ケアを担当している開業医師が大半を占めています。しかし、この方法は以下に示す理由から、超高齢社会では時代遅れだと言わざるを得ません。

a)在宅医療・在宅ホスピスには、最低5人の家庭医療専門医および専攻医が必要

わが国では高齢者の増加に伴って、在宅看取りを希望する人が増加しています。このニーズに応えるには最低5人の家庭医療専門医が必要です。なぜなら、図5-4のグラフに示すように、菊川市家庭医療センターでは、要介護1〜3の患者ではなく、要介護4〜5の外来に通院できにくい人たちを中心に在宅医療、在宅ホスピスを行なっています。その結果、がんの末期の人たちをたくさん訪問診療できるので、在宅看取り率は85%前後になります。全国平均の20〜30%とは比較にならない位の高率です。

この図は2015年時点の実績を示していますが、在宅看取り患者は60名(85%)です。1年間はほぼ52週ですので、週平均1.15人の在宅看取りをしたことになります。週によっては0人の時もありますが週に2〜3人の看取りに夜出動することもあります。こんなことが出来るのも、4〜5人の家庭医療専門医と専攻医とで訪問診療を行っているからです。

b)多領域の医学の進歩に遅れをとらないためには、5人以上の家庭医療専門医および専攻医がチームを組んで診療することが必要

菊川市家庭医療では表5-1に示すように非常に広範囲の疾患の診療を行っていますが、これらの領域の医学の進歩は目覚ましくて、3〜4年ごとに診療ガイドラインが改訂されます。信頼できる臨床研究のデータに基づいて、よしとされる治療法や診断法等が改訂のたびに変更になります。これらの進歩についていくには、個人で学習するのでは不可能であり、5人位で教え合う仕組みを作ることが理想的です。また、このようなチーム医療を円滑に行うには個人のコミュニケーション能力も大切になります。菊川市家庭医療センターでは、ほぼ毎日診療終了後に振り返り勉強会を行って、新しいことを専攻医や初期研修医に教えると同時に、指導医がお互いに教え合う仕組みを作っています。

プロフェッショナリズムについて

7)医師の専門職としての卓越性、人間性、説明責任、利他主義を持って行動する

わが国の医学教育では、生物医学中心の教育がなされており、プロフェッショナリズム(医師の専門職としての行動規範)の教育はほとんど行われていません。かかりつけ医としての家庭医療専門医には殊更プロフェッショナリズムの考えや行動が要求されます。

菊川市家庭医療センターでは、図5-6に示すプロフェッショナリズムを基にして行動することを目指しています。すなわち、臨床能力、コミュニケーション技能、倫理的・法律的理解の土台の上に、卓越性、人間性、説明責任、利他主義の4つの柱でプロフェッショナリズムを支えているとする考え方です(Arnold & Stern :2006年)。

しかし、プロフェッショナリズムの定義はたくさんの人や組織からの提案があります。どの領域に焦点を当てるかによっても見方が異なるからです。菊川市家庭医療センターでは、カナダおよび日本で妥当性と信頼性が証明されているP-MEX(Professionalism Mini-Evaluation Exercise)日本語版を日常の診療現場に用いています。この方が、日常診療における家庭医療専攻医や研修医およぴ学生の行動に焦点を当てて教育しやすいからです。以下にP-MEXの具体的な項目を示します(表5-4)。

図5-6 プロフェッショナリズムの構造
表5-4 P-MEX によるプロフェッショナリズムの評価項目